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読売新聞の記事

 投稿者:点瞬  投稿日:2009年 8月14日(金)16時42分36秒
  通報 返信・引用 編集済
  無心がもたらした「奇跡のバックホーム」

当時、この試合を直接テレビで見ていた息子から、こんな記事があったよと
8月9日(日曜日)付けの読売新聞が届けられた。
あのバックホームを投げたご本人の当時の思い出などが紹介されている。
当のご本人も信じられない出来ごとであった様で、まさに、奇跡であり、
あの時吹いた風は神風としか言いようがない。
この試合を取り上げたついでに、記事をそのままそっくり紹介しましょう。

松山商・元外野手 矢野勝嗣さん(30)

 のちに「奇跡のバックホーム」と呼ばれた。延長十回裏、
 松山商は一死満塁のサヨナラ負けのピンチに立たされた。
 ベンチにいた矢野は、突然、沢田監督から守備固めで
 右翼につくことを命じられた。ふだんは投手交代に
 絡んでの起用が多く「想定していなかった」と振り返る。

 肩を作る時間がなく、風を確認したり、肩を回したり
 しながら守備に向かった。
 野球は不思議と、交代したところに打球が飛んでくる。
 直球の1球目だった。 定位置よりも深い大飛球に、
 球場全体が熊本工の勝利を確信した。
 矢野はただ、本塁へ投げることだけを考えていた。

めいっぱいの返球も「自分でも上に行ったのが分かった。ダメかと思った」という。が、
滞空時間の長い玉筋がノーバウンドで捕手のミットに収まる。「アウト」のコール。
持って行かれかけた優勝旗を、引き戻す一投球になった。

「2球目、3球目だったら、いろいろなことを考えてしまったかもしれない」と矢野。
今でも打球が上がった瞬間は相手の一塁側アルプス、返球後は三塁側が湧いたことを
覚えている。

現在は愛媛のテレビ局の東京支社で営業マンとして活躍する。今でもあの返球のように、
「思い切りやるしかない」という思いが、体を突き動かしている。
(敬称略)(読売新聞・南恭士)



甲子園決勝(1996年夏) 松山商 × 熊本工 「奇跡のバックホーム」


 
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