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(無題)

 投稿者:精進場 健史  投稿日:2003年 1月28日(火)12時15分7秒
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  今年に入ってから、仕事がいよいよ忙しくなり、ホームページ更新はおろか、談話室の管理もままならなくなっていました。そんなとき、Nagai@ezo さんより、手ごたえのある感想をいただき、うれしく思っています。

「花瘴物語」の動機は、「幽玄な美」をひとつの作品空間に封じ込めて描きたい、ということでした。私の文学上のある先輩は、「歴史小説」と読んでくれましたが、決して歴史ものである必然性はなかったと思っています。現代から隔絶した過去に取材することで、却って非日常的な世界を創出しやすくなるということでした。そういう意味で、「時間的」なものかどうかはともかく、「遠さ」についてはある程度の達成は為しえているのでは、と自己評価しているのです。(甘いかな)ただ、前出の早川さんのご感想からすると、ひとつの題材である男女の愛憎という側面に着眼するかぎり、決して非日常的な世界ではないということも言いえるのかも知れません。
それはそうと、「薔薇の名前」の世界は、私にとってもひとつの憧れです。

「死せる恋人」は、澁澤の誤解であったか、さもなければ、YUYUさんのおっしゃるとおり、当初はグリューネヴァルトに帰されていたものが、その後に訂正されたということのどちらかなのでしょう。いずれにせよ、あの時代のヨーロッパ美術には、心を惹きつけてやまないものがあります。
それから、シュッツの音楽の特異性は、やはり彼の感受性というか、思想性というか、なにか固有のものに拠って立ている気がします。あきらかに、バロックの雄弁、あるいは軽妙さ(適切な表現ではないが)とは一線を画した硬質な音楽です。

「地獄のコンソート」のきっかけは、新聞のとあるインタビュー記事でした。ラテンアメリカのある独裁国家で、収監された反政府運動家に対する、拷問に等しい取調べが始まる直前、合図のように決まった音楽が房内に流される。囚人ひとりひとりに固有の曲が決められており、インタビューの当事者の場合、それはチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」だった。釈放後も、この曲を耳にするたび、過去の恐怖がフラッシュバックし、精神に混乱を来たすと。これは音楽が人間を破壊する「道具」に使われた事例であって、音楽に内在する悪魔的要素のことではないものの、少なくとも、さきの20世紀後半にあって、事実として音楽が拷問に使われてるということが、私にとっては大きなショックでした。その衝撃に促されて、自分のなかで何とか問題を整理したい、そんな思いに駆られて書いたのがこのエッセイなのです。

 
 
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