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「柊の家」

 投稿者:橋本恵一  投稿日:2005年10月 5日(水)19時44分1秒
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  「柊の家」を読了した。最後の場面は良かった。美紀が明の下へ赴く場面。それまでのこの小説列車はのろかったのだが終わりに近づくにつれて凄い勢いでその速さが増していく。これは読者である自分の欲求を充分に満たしてくれるものだった。それまで綿密に準備されてきたこの小説の衣装が一枚一枚脱ぎ捨てられ求めていた真実へ猛烈な勢いで突き進んでいくような爽快さが合った。僕は約3日をかけて読んだのだが、その間もその先を読めばいくらでも読めたのである。だが敢えて読まなかった。ゆっくりと味わいながら楽しみながら読んだ。心の中では批判も交えながら読んだのだが読んでいるうちにその批判も打ち消されていくようなそんな小説の筋に先行するものを秘めたものがたくさんある。筋を追いかけるだけではこの小説を読まない。この小説に出てくる音楽や絵画やまたは外国はたまた語句の使い方までに詳しくはないが、それだけに知らないながらもそれにひきつけられるものもあり、そもそもそれはこの小説の舞台を盛り上げるアクセサリーだと思ったし、そこに意識を奪われてはならないという気持ちもあり、そうしながらも出てくる薀蓄に自分の中に確実に気分の発生を齎し、まったく自分の生活形態とも性格とも違いながらそこに読ませる基本的な文章の旨みがあり、やはりこれが最大に関心を持たせたようだ。知っているのはカフカくらい。それをどういうふうに絡ませていくのかと思っていると、これが実に上手いと思った。言葉で抽象的に理屈として与えるのではなく、読者の自分にイメージとか感触として機能させているように感じさせた。キリストの生々しい十字架の絵などもそれが幸三郎の心理の暗部をまったく象徴させることに的確な表現で追い込んでいく。入隊院とひとつだけ間違いも見つける。追いつた、も見つけた。どだいこういう長い小説に簡単に感想なんてできない、それは失礼だ、という考えもあるのだが、とにかくだから読後感。その間にあることには追求できない。なんだ大学教授か、僕には関係ないや、とすぐに読むのをやめる、というようなことにはさせない、そう、なにか人間の本質にじわじわとにじり寄るものがあり、縦書きの文章もこれがディスプレイに一面に広がり、僕はこれを映画でも見るように、眺めるという感じで目に映していく。でもそこには文字しかないのだ。だがこの小説の場合長さがどれだけあるのかわからないが、その文字の連なりを眺めるという感じでまず目に映して、それからゆっくりとその文章を読んでみる。そして頭の中にその直観だったものをひとつひとつ抽象の言葉に置き換えて考えてみるというようなことができるのだ。早く言えば抽象的ではないのである。そうかといってけっこう思弁は多いのだ。だがそういう思弁だけの内容にはならない現実的な柔らかい風景がいつの時もそれらを包んでいて、正直僕はこれなどは酔える、味わえる、というふうなことになっていく。まばらになりがちな意識もこれは作者のすばらしい工夫でたとえば幸三郎の日記とか葉書とかそういうもので抑揚をつけバランスよく、そしてここで読者も頭の整理がつけられる。しかも単なる整理ではなくてあくまでも文学的に。この家の秘密は初めから検討はついていた。だけどそういうものはどうでも僕はよかった。そこへいたるための引き伸ばしていくそのやり方に興味を持った。意外な内容で意外な現象が現れてくるから油断ならない。ちゃちなサスペンスとは随分と違っている。やはり人間物語なのだ。作者はこの登場人物の中の誰に関係があるのだろうとかふと考えた。父か息子か恋人か、不倫の相手か。どこにもその形跡が見つからないのでその詮索は諦めたが、早川和子さんがいうところのキーワーワードとなる「誠実」がどこで出てくるのかと興味を持って読みましたけど、読んでいるあいだは僕には見つかりませんでした。恐らくそれは小説の内容よりも一人の人間をこれだけ丁寧に描きあげるその作者の誠実さへの思いかもしれないと思う次第です。
家族、精神病、音楽、美術、文学、カフカ、結婚、見合い結婚、愛情、血、認識、意志、十字架、背負うもの、とばらばらですが、そういういろいろなことを読んでいるうちに考えさせられました。しかもゆっくりとですからね、それに小説の登場人物たちの精神が比較されたり同調されたり。変調とか騙し絵とか音楽や絵画の技法用語も巧みに的確にこの小説に合流し、いわば作者の趣味的な部分も満足させながら、また知らないにもかかわらずそこへ楽しい散歩をさせられてしまうようなものがありました。長くはなかったですね。時間というものをそこに感じさせない。それは形式的なものでこの芸術の中には時間はありませんでした。掲示板で作者は言っていますが、雰囲気を作るだけ作って。これですね、いみじくも。この雰囲気の作り方が念入りで絶妙だと思うのです。最後が良かった。とにかく最後をああいうふうに消失させていってひとつの点に消え入るように収束していくそこからの読後感はやはり解決された清涼感とも言うべき単に食べ終わったあと自然にそこに残されたような精神のようなものさえありました。「花瘴物語」で100パーセント信頼が持てましたのでいつか読もうと思って横において睨みつけているような感じでしたがやっと読めました。こんな長くて密度の濃いものはとてもかけませんが僕もこういう完結感のある世界をとても味わいのある深いテーマを秘めたものをこういうふうに書けたらなと思います。短くて完成されたこういうものを書いてみたいですね。読み終わったのは約夕方の7時でしたからほっかほかの感想でとんでもないものかもしれませんが、 精進場さん、とにかく読み終わりましたよ。
 
 
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